損得感情を受け入れる
Accepting Profit and Loss Calculations
Happy New Year, everyone.
Right now, I am into books related to non-duality. Everything is a single energy, and we are neither born nor do we even exist. Using this way of thinking makes life simple, and you stop taking things so seriously. If you like, please listen to my stories.
I Might Have Been Deceived
A machine I bought last year was acting up, so I requested a repair, but it is still not fixed. Even after a second repair, it remains broken, making me doubt whether they actually replaced the parts. The shop might be committing fraud and pocketing the money for the parts. The old me would have thoroughly exposed the injustice. However, the event happened exactly as it was meant to. There is no use in resisting; I have no choice but to accept things exactly as they are.
Just a Story of Someone Gaining and Me Losing
Back when I was a nurse, the quiet Nurse A once loudly argued down Nurse B, whom everyone disliked. Nurse A had a strong sense of justice, but she was also an incredible optimist. On the way home from work, Nurse A lost her wallet, which contained over 100,000 yen. Yet, she simply smiled and said, "Someone must be so happy to have found that wallet. I am sad, though." This was the ultimate example of someone who doesn't put up useless resistance and simply accepts what happened.
Stop Taking Everything So Seriously
When something painful happens, it is good to get through it by remembering that everything is non-duality. Various thoughts come and go, turning things over and over in your mind. The more you pry and the more you doubt, the heavier the worries weigh on your heart, and it only makes you feel worse. Everything that has happened was meant to happen exactly that way. Even if you think that things wouldn't have turned out this way if you had done something else back then, what happened was the only thing that could have possibly happened.
In my case, too, if I went to another shop, paid a large sum of money, and had them investigate thoroughly, the truth about whether they did an accurate repair might come to light. However, if I fall out with a shop that I have to keep dealing with for a while longer, things will likely become even more troublesome than they are now. There is no use in resisting; if there was fraud, I have no choice but to accept things as they are, thinking, "Someone just gained, and I just lost." Whether there was fraud or not doesn't really matter, does it? Isn't it much happier to accept the absurdity of this world exactly as it is, take nothing seriously, and live at ease?
Enlightenment Is Impossible
Taking nothing seriously is simply impossible! You are absolutely right. There are many major problems, such as losing your job when your livelihood depends on it, or falling seriously ill, where even putting up a useless resistance feels impossible. It is impossible to stay relaxed about everything. However, if you can touch on the perspective of non-duality and stop resisting reality, even a little, I feel it makes your mind a whole lot lighter.
If you are interested in non-duality, I will list some representative books here. If you feel it doesn't suit you, you can easily stop reading, and it is perfectly fine to think, "Oh, so there is this way of thinking." Please be careful, as some books out there say things different from the original books written by Tony Parsons.
- "The Open Secret" by Tony Parsons
- "Unknowing" by Joan Tollifson
- "Nobody Home" by Jan Kersschot
- "Who Cares" by Ramesh Balsekar
みなさま、こんにちは!
今、ノンデュアリティー関連の本にはまっています。「悟る」ということについて考えるのは面白いですね。私も、長く生きているといろいろなことがありました。自分は不幸だと思ったこともたくさんあり、そもそも人はどんなときに不幸だと思うのか、と深く考えるようになりました。人は、他人と比較したり、損得勘定をしたりするときに不幸を感じるのです。こんなことを考えていたときに出会ったのが、ノンデュアリティーです。ノンデュアリティーとは非二元論のことで、すべては一つのエネルギーから発生しているという考え方です。「考え方」という言い方は適切ではないかもしれませんが、今のところ、ほかに言い方が分からないので、とりあえず「考え方」という言葉を使っておきます。すべては無から発生して無に帰るという考え方です。それによると、私たちは生まれてもいないし、存在さえしていないということになるそうです。この考え方を使うと、人生がシンプルになり、物事を深刻に考えなくなります。よろしかったら、私のエピソードを聞いてください。

騙されたかもしれない
一度疑い始めたら、何もかも疑わしくなることってありませんか? 私は、去年購入した物の調子が悪くて、購入先のお店に修理を依頼しました。ある機械の部品を交換してもらったのですが、今も直っていません。そこで再度修理を依頼しました。再修理の後、「これで調子を見てください」と言われましたが、まだ直っていません。説明を聞くと、どうも、依頼した部品を交換していないような感じがしてなりません。修理する人は以前もミスをしているので、ますます疑わしくなります。しかし、今のところ、手を切るわけにはいかないお店なので、嫌な人間関係を作りたくないと思っています。他のお店で修理してもらうとお金がかかり過ぎるし、お金を払ったのに直っていないのも腹が立つし、どうしよう? 本当に部品を替えたのかどうか知りたい! と頭を抱えていた時に、思い出すのがノンデュアリティーです。起こった出来事は、そのように起こるようになっていたのです。そのお店は部品代金を取っておいて、実際には部品を交換せず、直したようなふりをして、浮いた部品代を猫ばばしているのかもしれません。症状が直っていないわけですから。私には機械を開けて中を確かめる技術はありません。昔の私なら、不正を徹底的に暴いてやる! と思っていきがっていたかもしれません。
誰かが得をして私が損をしただけの話
私がまだ看護師をしていた時の話です。強烈な印象で記憶に残っている看護師のAさんがいます。普段は大人しくて、どこにいるのか分からないような静かな看護師さんでした。その病棟には、みんなが大嫌いな看護師のBさんがいて、その人のせいで看護師がどんどん辞めていくという悲しい状況が続いていました。ある日のこと、休憩室で、あの大人しいAさんがBさんに大声で食ってかかっていました。朝、出勤してきてすぐの出来事でした。なんと、あの恐ろしいBさんが仕事を放棄し、尻尾を巻いて帰っていったのです。Bさんの前に出たら怖くて誰も何も言えなくなるのに、あの大人しいAさんがBさんを言い負かすなんて、誰が信じられるでしょう? こんなにも正義感の強いAさんは、ひとたび怒るとすごいパワーを発揮するのですが、非常にあっさりした人で、恐るべき楽天家だったのです。仕事が終わってAさんとコーヒーを飲みに行ったことがありました。なんとAさんは、10万円以上入っていた財布を落としたというのです。交番に行っても誰も届けていなかったので、あきらめたと言っていました。その時の彼女の言葉が非常にあっけらかんとしていて、今でも記憶に焼き付いています。「誰かがその財布を拾って喜んでいるのよね~。私は悲しいけど」と言って、ニッコリしているではありませんか! 私なら、交番に何回も電話するかもしれません。心当たりのところも探すでしょう。
何事も深刻に考えない
つらいことがあったとき、すべてはノンデュアリティーだと思って乗り切るのもいいものです。ああでもない、こうでもないと、いろんな思考が生まれては消えていきます。詮索すればするほど、疑えば疑うほど、悩みは重く心にのしかかり、気分が悪くなるだけです。すべての起こってしまったことは、そのように起こることになっていたのです。あのとき、ああしておけばこんなことにはならなかったと思っても、起こることはたった一つのそのことでしかありえなかったわけです。
私の場合も、正確な修理がなされたかどうか、他のお店に行って大金を払って徹底的に調べてもらえば、真実が判明するかもしれません。しかし、今しばらく付き合いを続けなければならないお店と不仲になったら、今よりももっと厄介なことになりそうです。不正があったとしたら、まさに、誰かが得をして私が損をしただけの話なんです。これは私の想像でしかありませんが、不正があったかなかったかなんて、どうでもいいじゃありませんか? この世界の不条理をそっくりそのまま受け入れて、何も深刻に考えず、気楽に生きているほうが幸せじゃないですか?
悟るなんて無理
何も深刻に考えないなんて、そんなの無理! そうですよね。例えば、生活がかかっているのに仕事を失うとか、家族がいるのに思い病気にかかる、とか重大な問題もたくさんありますから、すべてに対して気楽に構えるなんて無理です。でも、ノンデュアリティーのほんのわずかな部分だけでも感じられたら、少し気が楽になるように思います。
ノンデュアリティーに興味のある方は、ここに代表的な本を書いておきますので読んでみてください。自分には合わないと思ったら気楽に読むのを止めたらいいし、少しでも腑に落ちるところがあったら最後まで読んだらいいと思います。こういう考え方もあるんだぁ、と思う程度でいいと思います。本家本元のトニー・パーソンズが書いた本とは違うことが書かれている偽物の本も出ているので気を付けてください。
・『オープン・シークレット』by トニー・パーソンズ
・『つかめないもの』by ジョーン・トリフソン
・『ホームには誰もいない』by ヤン・ケルスショット
・『誰がかまうもんか』by ラメッシ・バルセカール


